僕が自然農法の農家になれたわけ
※この文章は2020年2月5日のSNN生産者交流会での発表のための原稿です。
僕は大阪の枚方市というところで育ち、祖父の代からサラリーマンを営んでいる典型的な昭和のファミリーで育ちました。父方は全員サラリーマン、まさか誰も僕が農家になると思っておりませんでした。今でもすごく不思議がられています。
そんな僕が始めて自然農法に出会ったのは、25歳の時、初めて1年間自然農法のお手伝いをしたことがきっかけでした。大学をなんとか卒業したものの、就職活動もせずにブラブラと地元でしていたときに、近所のおじさんに声をかけていただき、1年間米作りをなんとなく教えていただきました。田んぼに入って草をとったり、稲刈りして、なんて健康的な生活なんだ!これで生活できたら最高だなと当時はふんわりと思っておりました。
その後、団体職員を経て、2014年、30歳で就農。就農と言っても、特に圃場があったわけではなく、いわゆるプータローに。結婚の約束をしていた彼女と結婚。強気で弱気な僕らの農家としての第一歩を踏み出すことができました。
②飛躍
2014年に始めた自然農法。最初6畝ほどの小さな田んぼで始めた自然農法。最初は自然農法だけではとても生活できなかったので、秀明自然農法ネットワークの土井さんに声をかけていただき、秀明自然農法ネットワーク関西事務局の準職員という形で雇用していただきました。秀明自然農法ネットワークのお仕事を手伝いながらの兼業農家を2014-2017まで続ける。先輩達と流通の改革や生産者のところに行くことで、学びと出会いをいただきました。
6年前の秀明自然農法ネットワークの交流会で知り合った木原さんにお茶畑を紹介してもらう。
土井さん、木原さん、渥美さん
この3人に出会わせていただいたことで、僕らの自然農法を始めることができました。
2016年に、奈良で大きなお茶畑がてに入ったことで、一気に農家として自立する機会をいただきました。最初に6反の茶畑を借りることができ、近隣の茶畑もどうぞと貸していただくことができました。合計の面積が1町を越えたときに、これからの繁栄を見越して、亡き父親のニックネームだったゆーさんを屋号にして、株式会社悠三堂を設立しました。
2018年有機JAS
2018年奈良県認定農家
2020年秀明認証取得予定
今では、お茶の栽培面積は2町を超え、水稲と野菜、ぶどうや梅の栽培もさせていただいております。
④自然農法でのお茶の栽培
当初から秀明自然農法での栽培をしておりました。一般的に最もたくさん肥料と農薬を使用すると言われているお茶の自然栽培はとても難しいと言われています。収量が落ちたり、樹勢の低下を抑えるために、出来るだけお茶の木に負荷がかからないように、慎重にお茶の葉を収穫。1番茶だけにこだわらずに、日々の生活の中で、楽しめるお茶をこころがけています。
5月煎茶
6月抹茶
7月ほうじ茶&烏龍茶
8月紅茶
10月ほうじ茶ティーバッグ
3月大五郎番茶
また昨年は、遅霜の影響で随分と新茶の新芽がやられてしまいましたが、
自然農法の木は強く、また一ヶ月後には新しい芽が出てきて、無事に収穫することができました。
今年から新しく煎茶のラインも使わせていただけるようになりました。
⑤悠三堂
一つ年下の妹と2人で会社を経営しています。
社員が二人しかいないので、徹底的な効率化と情報の共有を心がけています。
役割分担は、
ぼくー農作業と経理、システムとデザイン
妹ー袋詰、営業、発送、仕掛けとイベント
出来るだけシステム化して効率良くするために、仕事はほとんどスマートフォンで行えるようにさまざまなサービスを使っています。詳しくはまたお声がけください。
①悠三堂ソリューション(自家製)
販売情報や商品の基本情報と栽培日誌を管理。スマホで操作できる。
②クラウド会計ソフト 「freee」
スマホで会計ができる優れもの。経理作業が1/10以下になりました。
③ECサイト →「shopify」
⑤コミュニケーション→「LINE公式」
⑥SNS発信→「Instagram」
悠の茶会
ー抹茶を作ってそれを点てる自然派茶人を目指して、自社の抹茶を使ったお茶会を開催しています。次は、自分で作った野菜で作った懐石を出せるレベルへ行けるように励んでいます。
お茶を使ってもらっている場所も少しづつ増えてきました。
お抹茶サロン悠
碓屋さん
えびすさん
Shizuku
高島屋
⑥自然農法の農家になって良かったこと。
雨の日が休み。
上司がいない。
子供たちに自分の作った農産物を食べさせてあげれる。
身体が本当に丈夫になった。
自分たちが作ったものを美味しいと食べて/飲んでもらえることが最高に幸せ。
→お金の心配さえなければ、農家は最高!
⑦次の世代に自然農法をつなげたい
もともと農家ではなかった僕が秀明自然農法と出会わせていただけたのは、先輩型のおかげです。僕らの師匠の渥美さんは50代から自然農法を始めて、もう80歳。そろそろ引退の時期が迫ってきました。僕らが現役で農業をできるのもおそらくあと35年ぐらい。
今よりもっと自然農法が広がるためには、もっとたくさんの若い人が生産者になって自然農法を実践する必要があります。30を超えて無謀だと言われた僕の挑戦が、もっと可能性のある若者に勇気を与えることができれば幸いです。
これで発表を終わらせていただきます。