週3日間の農作業と余白の4日間
7月の朝。お茶刈りに出る前に、ふと気づいたことがあります。いつの間にか、僕の一週間が「土日月休み・火水金農作業」という形に落ち着いていました。
週3日の農作業。長いあいだ目指してきた働き方ですが、これまでは「頑張って守るもの」でした。それが今週、はじめて「自然にそうなっているもの」に変わったように感じます。5年間の取り組みが形を整えてきました。
ただ量を減らすのではなく、質のをどう変えるかを考える
週3日しか働かないと言うと、のんびりした暮らしを想像されるかもしれません。実際は、たぶん逆です。僕らは子供が4人いる核家族なので、漫然と働くことが難しかったということが背景にあります。4人の子育てをワンオペでさせるわけにはいきません。
7日あれば、「明日やればいい」が成立してしまいます。でも3日に限定することで、1日1日にいかに、タイミングを合わせて農作業を行うか。短さそのものが、質を考える装置になるになってきました。
だから僕らの火水金は、畑に出て、作業をする。福祉事業所の仲間や世界中から来てくれる仲間たちと一緒に。考えて考えて、農作業のすべてが同じ3日に重なる、かなり濃密な設計になっています。その代わり、残りの4日には余白──家族と楽しむ時間、何もしない時間、勉強をする時間──を意図的に置いています。
最近思うのは、この余白をつくることが、僕らが考える新しい働き方のいちばん大事な部分かもしれない、ということです。
例外は、年にふた月だけ
もちろん、農業には自然のリズムがあります。茶刈りと田植えが重なる五月と六月だけは、週3を破って働きます。
でも逆に言えば、例外がふた月に収まっている。これは僕にとって、小さくない到達点でした。自然に従う部分と、自分で設計する部分。その境界線が、少しづつはっきりしてきた感覚があります。
少ない作業で回す
経営者の仕事は、なんでも増やすことだと思われがちです。
でも最近の僕の結論は逆で、できるだけ少ない作業で回せるようにすることが、いちばん大事な仕事なのではないかと思っています。
歯車が多いほど、一つ一つは働いているように見えて、噛み合わせの摩擦が増え、壊れる場所が増えていきます。週3勤務というのも、実は時間を減らす話ではなく、歯車を減らす話なのです。会社は機械ではなく、有機的な繋がりを持った植物だと考えると、ゆっくりと休む時間もまた必要だと思うのです。
その上で、僕が考える会社の成長とは、コンセプトがあって、土台があって、その上で仕組みを調整し、結果を出し続ける。植物が自然に大きくなるように、そういうようなあり方が無理がないように感じます。
自然界の生態系を見ていると、あれほど豊かな世界が、驚くほど少ない原理で回り続けています。畑に立っていると、それを毎日教わります。
この働き方を選んでよかったと思った瞬間
最後に、少しだけ家族の話を。
先日、うちの長男と長女が、学校の先生から「いい子だね」と言っていただきました。
正直に言うと、僕は子どもたちに「よく育ってほしい」とは、あまり思っていません。ただ、ちゃんと心を持った、優しい人であってくれたら、それでいい。
優しさは教え込むものではなく、日々の暮らしの空気から染み込むものだと思います。だとすれば、週3日働いて、4日は家族と余白の中にいるこの暮らしが、子どもたちの中に何かを残しているのかもしれませんね。
成果を求めない眼差しの中で、結果として優しさが育つ。それは自然栽培とまったく同じ構造で、この働き方を選んだことへの、いちばん深い答え合わせだった気がします。
今日は金曜日。楽しい仲間達と働いてきます。
飾らない毎日の一杯には、「大五郎番茶」を。余白の時間のおともに、よかったらどうぞ。
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