悠三堂の歴史 2022

FOUNDER'S STORY — 04

30歳、無経験の僕が
自然栽培の農家になれた話

④ 大所帯になった年編 2022

株式会社悠三堂 礒崎遼太郎

SUMMARY

2022年のできごと

  • 妹の育休中、ひとりで会社を回した一年。半年で、ひとりでも業務を回せるようになった
  • 4月、福祉事業所との連携強化と稼働日数増で、長年の課題だった人手不足が解消した
  • 悠三堂に関わるメンバーが20人以上の大所帯になった
  • 5月、津田章子さんが正式なスタッフとして加わった
  • 今年のお茶は生育が良く、8年目にして最高の成果を得られた
  • 9月4日、第四子「道三郎」が誕生
  • 12月、抹茶用の石臼を導入。有機JASの実地検査も、1時間ほどの準備で済むまでになった

2022年は、ひとりで会社を回しながら、
仲間が増えていった一年でした。

妹の育休、家族の入院、第四子の誕生。限界が試された一年でしたが、そのあいだに悠三堂に関わる人は20人を超える大所帯になっていきました。月ごとの歩みをたどります。

第一章

ひとりで、回せるようになった

1月は、大根の収穫、福袋づくり、ほうじ茶の焙煎、年末調整と、年明けらしい落ち着いた作業が中心でした。妹が産休で抜けたことによる忙しさのなかでも、4月から新しく働いてくれるスタッフが決まりそうな見通しが立ち、少しずつ賡やかになっていく事業の将来に手応えを感じていました。この頃から「農業塾」を継続的な目標として掲げています。

2月は、Webと経理の勉強会、SNN関西事務局の販売システム更新作業、農家体験合宿の受け入れ、海外発送、ほうじ茶の焙煎、ぐりぐりマルシェへの出店と、デスクワークと現場作業の両輪で動いた月です。就農以来もっとも大変な時期を乗り越えながら、念願だった若手生産者の合宿への参加が叶いました。この頃から「農家民宿」「陶芸」「養蜂」「お酒作り」といった新しい将来像が語られ始めます。

3月、農繁期の始まりを迎え、番茶の収穫、ほうじ茶づくり、関西J2の受け入れ、夏野菜の苗づくり、乾田苗代づくりに取り組みました。妹の育休期間中、ひとりですべての作業を担当する体制でしたが、半年が経ち、ひとりでもきちんと業務を回せるようになってきた手応えを感じていました。今月からJ2(青年部)の受け入れを始めたことで、他拠点の青年や消費者にお茶を楽しんでもらう機会が生まれています。

第二章

人手不足が、解けた

4月、夜の若手生産者オンラインミーティングで「今年の稲作」をテーマに情報交換を行い、もみまき、お茶の収穫準備、J2受け入れ、苗代準備、田んぼの耕運を進めました。

長年の課題だった人手不足が、福祉事業所との連携強化と社員の稼働日数増加によって、落ち着いて解消していきました。福祉事業所の利用者がお茶刈りなどの作業に積極的に取り組むようになり、大学生アルバイト2名もシーダー(青年会)の役割を担うように。悠三堂の仕事に携わるメンバーは、福祉事業所のメンバーも含めて20人以上の大所帯となりました。

関わるメンバーは、20人以上の大所帯になった。

第三章

八年目にして、最高のお茶

5月は、お茶の草取り、苗の定植、畑づくり、もみまき、草刈り、お茶刈り(煎茶・紅茶・抹茶)、お茶づくり、関西J2の受け入れ、紅茶づくりワークショップと、農繁期らしい多忙な月でした。津田章子さんが正式に悠三堂のスタッフとして働いてくれるようになり、明るいキャラクターを活かして活躍。福祉施設グリーンサムの支援員も自身と妹・津田さんの3名で兼任する体制になり、利用者一人ひとりとの関わりが一段と深まりました。今年のお茶は生育が良く、8年目にして最高の成果を得られました。

6月は、紅茶づくり、お茶刈り、茶園整備、田植えと、繁忙期のピークを迎えた月です。20代の若い仲間が作業に加わるようになり、以前は少人数で行っていたお茶の収穫作業も、10人以上で楽しく短時間にこなせるようになりました。これまで自然栽培を支えてきた家族が大きな体調変化を経験しつつも、なんとか作業を継続できたことに感謝しています。

第四章

限界が試された夏

7月は、田んぼの除草・補植、お茶刈りを中心に作業を継続しました。今年は家族の入院、出産準備、妹の育休が重なり、自身の限界が試された一年でしたが、それを乗り越えたことで大きく鍛えられたと振り返っています。

アメリカ在住のデザイナー・カメラマンとのブランディングプロジェクトも佳境を迎え、会社全体が新しく生まれ変わりつつある手応えを感じています。

8月は、草取り、草刈り、在庫整理、古民家の清掃と、比較的落ち着いた夏を過ごしました。大きな体調の変化を経験していた家族の手術が成功し、快方に向かい始めた月でもあります。今年から作業体系を大きく見直したこともあり、夏にきちんと休養を取れたことで、後半戦もペースを落とさず頑張れる気力と体力が整いました。

第五章

第四子の誕生と、秋の実り

9月は、雑誌の取材、大根の種まき、へちまの収穫、お茶畑の草取り、田んぼのひえ取りに取り組みました。9月4日、第四子「道三郎」が誕生。出産後は家事と子育てに専念しながら、家族全体で新しい生活リズムを作り上げていった月です。

10月は、稲刈り、茶園の除草作業、有機JASの書類作成、大根の間引き、ヘチマ水の採取と、秋の収穫作業が進みました。第四子誕生から1ヶ月が経ち、家事育児の分担にも少しずつ慣れてきた頃です。妹の育休も終わり、仕事への復帰が始まりました。会社もワンオペ、家事育児もワンオペという大きな試練の一年でしたが、そのぶん大きく鍛えられたという実感を綴っています。「本の出版」「カフェ・直売所づくり」「麹製造所づくり」という新しい目標も語られました。

最終章

節目を越えて、次の一年へ

11月は、大根収穫、秋の製枝、草取り、大豆収穫、有機JASの申請書類作成を進めました。手術を受けた家族が8割ほど回復し、出産後の休養が終わった妻も日常生活を送れるようになり、再び日常のリズムが戻ってきた月です。40歳を迎える前に、大きな節目を乗り越えたと振り返っています。

12月は、有機JASの実地検査、抹茶用の石臼の導入、大豆の脱穀、大根の収穫と、一年の総まとめとなる作業を進めました。最初の年は徜夜で準備した有機JASの検査も、今回はわずか1時間ほどの準備で済むまでにシステム化が進み、検査員からも栽培管理体制や地域との連携を評価される場面がありました。

一方で、家族の状況変化により、これまでのように子育てや農作業の手伝いを頼むことが難しくなり、幼い子供4人を抱えながら畑の管理から財務まで一人で担うプレッシャーも感じていた時期です。そして「来年は日本酒を作りたい」という、新しい目標が加わりました。

ひとりで回した一年の終わりに、
悠三堂は20人を超える大所帯になっていました。

①自然栽培を始めるまでのこと編

②悠三堂のこと編

③なりわいの一年編 2021

⑤世界とつながった年編 2023

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